2016年10月6日木曜日

勝海舟の娘婿 目賀田種太郎




明治9年(1876年)、勝海舟の家では、後に宣教医となるウィリイが子供達に英語や聖書のお話しを教えていました。
週に、3回位通っていたのです。
母親のアンナは、娘たちにお裁縫を教えていました。
後に、勝の三女の逸子は、夫の目賀田種太郎について韓国に行きます。
種太郎は総督府財政監査長官になり、後に男爵になります。
東京音楽学校(東京藝術大学)の創設者の一人で、
東方神起のユンホに似ていると、一時騒がれたました。
彼は、ものすごい堅物で、不正が大嫌いでした。
お歳暮なども、返していたと言われています。
逸子は、困っている韓国の娘たちに声をかけ、日本への留学費用を出してあげるのです。
そんなところが、お父さんにそっくりですね。
種太郎はアメリカのハーバート大学に入学する時、クリスチャンでなければ、入れないというのを拒否して、特例で入学した方です。
逸子の家族に信仰が、継承されていたらと思うのですが・・・。

2016年10月5日水曜日

赤トンボ







昨日、庭に赤トンボが2匹飛んでいました。
日本の赤トンボは、かなり数が減っているそうです。
昔は、いっぱい飛んでいました。
夜になると、コウモリも飛んでいました。
石を投げると、コウモリに当たって落ちてくると言われていましたが、やったことはありません。
どちらも、あまり見なくなってしまいましたね。


2016年10月4日火曜日

イスラエル建国




1948年にイスラエル国家は建国されましたが、1903年に開催された「世界シオニスト会議」では、ユダヤ国家は必ずしもパレスチナでなくてもよいと言う意見がありました。
世界シオニスト機構を設立した西欧のユダヤ人・ヘルツルは、イギリスが提案した「ケニア高地」案を受け入れましたが、東欧のユダヤ人達は反対しました。
その後、東アフリカのウガンダ案がありましたが、やはり東欧のユダヤ人達は反対し選ばれた民の地である聖地を主張しました。
ところで、そのヘルツルは1904年の7月に44歳の若さで突然死んでしまい、世界シオニスト機構は分裂をまぬかれたのです。
(東欧のユダヤ人と西欧のユダヤ人の対立より)
ここにも、神様の手があるのを感じます。
神様の御心は、神様の手で推し進められるのですね。

2016年10月3日月曜日

久しぶりの!





今日の夕ご飯は、久しぶりのカツ丼でした。
最近高円寺では、外国人の店員さんが多くなっています。
このお店では、対応する方も作る方も外国人です。
日本の定番な食事を、外国人の方々の多いお店で食べるのも、面白いですね。

黄金門













昨日の、エルサレムの平和を祈る集いのときの、映像です。
黄金門です。
昔は、絵を描くときの資料が本当になくて、探すのが大変でした。今は映像をいつでも見ることができるので、嬉しいです。



2016年10月2日日曜日

まどかとまさこのホットなひととき⭐︎




まどかこまさこのホットなひととき⭐︎は、ルークくん誕生記念の「佐藤頌子さんの曲特集」です。
若い方から、中高年まで笑いがいっぱいの楽しい番組です。
東京アンテオケ教会のHPのインターネットラジオ風のひびきを聞いてね。

セッティング中










エルサレムの平和を祈る集いの、セッティング中です。
これが終わったら、音チェツクです。
間も無く始まります。