2016年12月10日土曜日

スポルジョン




「雲の間にある虹」で、連載中の「講壇のプリンス」のスポルジョンは、19世紀の方で、ジョージ・ミュラーとも仲良しでした。
20歳で、傾いていた教会に人々が溢れたので、世界中から説教に来て欲しいと要請がありましたが、ほとんど行く機会がありませんでした。
貧しい学生のための牧師大学や、出版の働きに重点を置いていたからです。
それと、痛風と腎臓病の持病がありました。
ある時、多額の小切手が来て孤児院を作って欲しいと要請がありました。
スポルジョンは、孤児院のような重責のある働きは自分には荷が重いので、ブリストルで孤児院をしているジョージ・ミュラーの方に、この献金をすべきだと言いました。
しかし、献金した女性はロンドンには孤児院がないので、ロンドンに作って欲しいと言ったのです。
そこで、スポルジョンはロンドンに孤児院を作りました。
14才になったら、孤児たちは働きに出ました。
その中には、牧師大学に入り、牧師や宣教師になった者たちもいました。
10年後に、女性たちの孤児院も作ったのです。
スポルジョンは、57才という若さで、療養先のフランスで亡くなったのです。
写真は、スポルジョンのメトロポリタン・タバナクルですが、建て替えられています。

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